高知工科大学 環境理工学群生命科学専攻シンボル

細胞増殖制御研究室田中研究室

生き物が世代を超えて遺伝情報を安定に継承してゆく仕組み

-染色体DNA複製の制御機構の研究から迫る-

細胞増殖と遺伝情報の維持・継承

この地球上の全ての生き物は、「細胞」からできています。例えば、ヨーグルトを作るのに使われている乳酸菌や発酵作用によりパンやお酒を作るのに利用されている酵母は、ひとつの細胞で生き物としてなりたっているので単細胞生物、私たち人間のようにたくさんの細胞(ヒトの場合、約37兆個!)からなりたっている生き物は多細胞生物と呼ばれますが、単細胞・多細胞に関わらず、細胞が生命の基本単位です。細胞はその内部構造から2種類に分類されます。生命の設計図である染色体DNAが、細胞内にそのまま存在する細胞は原核細胞(例えば、乳酸菌)、「核」と呼ばれる膜で仕切られた細胞内コンパートメントに収納されている生き物が、真核細胞(酵母や動植物)と呼ばれます。真核細胞が増殖する時には、幾つかの鍵となるイベントを順序正しく行い秩序を持って細胞分裂してゆきます。細胞が一回分裂する過程を特に「細胞周期」と呼びます。ちなみに「がん」は、がん細胞が細胞周期の制御機構に異常を持つことで無秩序に増殖してしまい、その生き物の生命システム維持に致命的な影響を与えてしまう病気です。したがって、細胞増殖がどのように制御されているのかを知ることは、生命について最も基本的な理解を深めることのみならず、将来的にはがんのような細胞増殖異常を伴うような病気を理解し克服することにもつながります。さて、細胞が分裂する時には1コの細胞(母細胞)が2コ(娘細胞)になるわけですから、細胞に含まれる物質は分裂前に倍化しなくてはいけません。この時、染色体DNAは生命の設計図ですから、「過不足なく正確に倍化(複製)し、2コの娘細胞に正確に分配されることが必要となります。私たちはこの染色体DNA複製の制御機構にとくに興味を持って研究しています。

何故研究に酵母を使うのか

私たちは、真核細胞のモデル細胞と言われる酵母菌を用いて研究を行っています。酵母は、発酵作用によるパンやお酒の生産といった私たちの生活に欠かせない生き物であると同時に、研究材料としても多くの研究者から愛されてきた生き物です。実際、2001年のノーベル生理学・医学賞は細胞周期の研究者3名に授与されましたが、うち2名は酵母の研究者でした。また、記憶に新しいところでは、2016年ノーベル生理学・医学賞の対象となった大隅先生の発見も酵母が研究材料です。何故そんなに酵母が人気があるかと言えば、酵母であろうとヒト細胞であろうと、細胞構造や細胞周期進行の制御の仕組みは真核細胞全般でよく保存されているからです。このことは、酵母で得られた知見がそのまま真核細胞全体で通用するということでもあります。世界中のたくさんの研究者をはじめ私たちが酵母を使って研究を行う理由もここにあります。

fig.1 酵母の顕微鏡写真。左から、明視野/複製に関わるタンパク(核?核外を移動)/核の写真を示す

DNA複製制御機構の解明に挑む

DNA複製は染色体上の決まった位置(複製開始点と呼ばれます)から開始します。上で述べたように、一回の細胞分裂周期において染色体DNAを「過不足なく正確に倍化」するために、酵母細胞は素晴らしくエレガントな仕組みを備えていることが分かってきました。この仕組みは複製開始点の活性化が、
 ・①準備→②活性化という2段階の反応で起きることと、
 ・真核細胞で細胞周期の進行のマスター制御因子である「CDK」と呼ばれるタンパクリン酸化酵素が、?DNA複製の活性化を誘導すると同時に、?準備反応を阻害する活性を持つことが組み合わされてできています。

CDKの活性は適切な細胞周期の進行のために、周期的に変動します。そのため、
 G1期:CDKの活性が低い(??: OFF)ため、①複製準備反応のみ
 S期以降: CDK活性上昇(?: ON)により②複製開始点活性化、同時にCDKの?の活性も生じているため、一旦活性化してしまった複製開始点では再び準備反応が起きることはない。CDK活性は細胞が分裂完了するM期終わりまで高いまま維持されるため、細胞はこのようにして同一細胞周期中にDNA複製が一度だけ起きるように制御しているのです。

fig.2 細胞周期の進行を司るCDKの活性の変動が一度の細胞周期につき、DNA複製が一度に限定する。縦軸にCDKの活性を、横軸に細胞周期の進行を模式的に示した。

私たちはこれまでの研究で、英国のグループと同時に世界で最初に、CDKがどのようにして複製起点を活性化するのか(?反応)を解明しました。また、CDKによる準備阻害(?反応)についても、その解明に貢献してきました。

先ほど、DNA複製は複製開始点から開始しますと述べましたが、実は真核細胞では複製開始点は多数存在しています(酵母では~1000個、ヒト細胞では数万個)。また、複製開始点はS期の間に、一斉に活性化するのではなく、活性化する順序が予め決まっているように見えます。したがって、細胞はこれら多数の複製開始点の活性化を何らかの方法でコーディネートしていると思われますが、その仕組みについて、詳しいところはまだ分かっていません。ただし、私たちは複製開始点の活性化初期に関わる因子の数が複製開始点の数よりも大幅に少なく、それら因子が最初に結合した複製開始点画才書に活性化することを見出していて、次の大きな問題として、では何故それらの因子がその場所に結合するのかを解明しようとしています。

「がん細胞」では、染色体の構成が正常細胞と大きく異なっていることが知られています。このことは、染色体DNAを世代を超えて安定に維持してゆく仕組みに欠陥が生じることで染色体構成が異常となり、細胞ががん化してしまうことを示しています。また、生物のやることですからその制御は100%に近いものの、完全に100%とはなりません。したがって、正常細胞であっても一度の細胞周期につきDNA複製を一度に限定する仕組みから逃れる(エスケープする)ものが超々低頻度で現れると考えられますが、このような現象も長い目で見れば生物の進化に関わっているかも知れません。私たちはこのような視点から、DNA複製の制御機構と細胞のがん化や進化との関わりを理解しようとしています。